「日の名残り」読みました

ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ作品の初読みです。

私は定期的に熊谷のコーラス指導に出かけることがあり、その際、大宮で時間があるとエキュートの本屋に寄り何か適当に電車内用に購入したりしますが、今回はこれを読んでみて購入正解でした。静かで落ち着いた文体と同世代の作家であること、同世代の登場人物であることで内容的にも親近感が持てました。

格式ある政治家の大屋敷で、執事とは何かを追求しつつその仕事に絶対的な誇りを持ち、自らの生涯のすべてを執事という職業に捧げ、それ故に家庭も持たずにただただ仕事一筋に邁進してきた男の話です。

この男の生涯をどう読むか、どう感じるか、それは読者にゆだねられています。旅に出た最後の日の美しい夕日を眺めながら、思いがけず涙するこの男の生涯を、立派に全うしたと肯定的に見るのか、仕事以外の人生の大切なものを見ようとせずに大きな犠牲を払ってしまったと否定的に見るのか、どちらとも言えるわけです。

『人生が思いどおりにいかなかったからと言って、後ろばかり向き、自分を責めても詮無いことです。私どものような卑小な人間にとりまして、最終的には運命をご主人様のーこの世界の中心におられる偉大な紳士淑女のー手に委ねる以外、あまり選択の余地があるとは思われません。それが冷徹な現実というものではありますまいか。』主人公は自らの生き方をそう悟ります。

美しい夕日の前の小さな人間にとって、覚悟をもって力を注ぐべき真に価値あるものとは何なのかを問いかけられます。

映画「羊と鋼の森」見ました

近くの映画館で「羊と鋼の森」を見てきました。

公式サイト→http://hitsuji-hagane-movie.com/

北国の森で暮らしていた青年が、学校のピアノの調律に来た調律師の音を聞いた瞬間に「森」と感覚の中でリンクし、調律師を目指します。彼が一人前に成長するまでの苦悩とともに、羊の毛で作られたハンマーが鋼の弦を鳴らすことで生まれる響きと音楽も(ピアノに関わるピアニストや学習者etcの演奏により)自然やそれぞれの人生とリンクしながら描かれています。

『明るく静かに澄んで懐かしい文体、少し甘えているようでありながら、厳しく深いものを讃えている文体、夢のように美しいが現実のように確かな文体』…主人公の青年外村(山崎賢人)が尊敬する調律師板鳥(三浦友和)に目指す理想の音を聞いたときに答える板鳥のセリフがこの言葉で印象的でした。ネットで調べなおして書き記しておきます。小説家の原民喜の言葉だそうです。「文体」を「音楽」に置き換えても、やはりそれは理想だと思います。

それにしても役者さんは凄いなと思いました。本当に調律師みたいでしたし、本当にピアニストのようでした。同時に、響きにこだわる表現の後、映画の中で本当にその響きが微妙に変化するのにも驚きました。音響技術も本物でした。
「一音へのこだわり」と同時に、「音楽が何かを感じさせてくれる」、そんな原点に回帰させてもらえるような静かで深い素晴らしい映画でした。

ホール抽選はいつもダメ運

6月1日は公共施設小さめホールの12月分の抽選日です。大きなホールはだいたい1年前ですが、コミセンの多目的ホールのようなところは半年前の1日です。

さて、玄関に生の花を置くと運気が良いとネットで見たので、庭のアジサイを下駄箱の上に飾り、プラザノースの多目的ホールを狙いに行ってまいりました。

ホールのくじ運はこれまで良かったためしがただの1度もありません。芸術劇場などの素敵なホールを使用した際は、たまたまキャンセル空きが取れたというだけで、あとは、「比較的いつでも取れる古いホール」の使用ばかりです。

それでも昨年は、プラザノースの多目的ルームの抽選会で50番代の番号札ながら、あきらめて帰ろうとしていた矢先になんと最後の最後で取れたのでした。

なので今年も同じ会場を狙ってみました。くじ箱に手をつっこみ、これだっと拾った番号札はなんと、40番!それでも昨年のことを考え希望とともに待っていると、今年は1桁の方が多く、続いて10番代も多く、20番代に入ったところでとうとう土日祝日は無くなりましたとさ。

さあて「比較的いつでも取れる古いホール」が我が町東大宮にありまして、抽選に落ちたその足でその東大宮コミセンへ行くと、案の定空いておりました!ありがたや!おかげさまでクリスマスイブを押さえることが出来ました。生徒の皆さん、コーラスの皆さん、今年は共に楽しいイブを過ごしましょう!