ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ作品の初読みです。
私は定期的に熊谷のコーラス指導に出かけることがあり、その際、大宮で時間があるとエキュートの本屋に寄り何か適当に電車内用に購入したりしますが、今回はこれを読んでみて購入正解でした。静かで落ち着いた文体と同世代の作家であること、同世代の登場人物であることで内容的にも親近感が持てました。
格式ある政治家の大屋敷で、執事とは何かを追求しつつその仕事に絶対的な誇りを持ち、自らの生涯のすべてを執事という職業に捧げ、それ故に家庭も持たず女性への愛も片隅に放り、ただただ仕事一筋に邁進してきた男の話です。(男の仕えたご主人様はイギリス政府がナチスドイツとの友好関係を築くよう画策した貴族で、戦後戦争責任を問われ自殺に追い込まれるという人物。)
この男の生涯をどう読むか、どう感じるか、それは読者にゆだねられています。旅に出た最後の日の美しい夕日を眺めながら、思いがけず涙するこの男の生涯を、立派に全うしたと肯定的に見るのか、仕事以外の人生の大切なものを見ようとせずに大きな犠牲を払ってしまったと否定的に見るのか、どちらとも言えるわけです。
『人生が思いどおりにいかなかったからと言って、後ろばかり向き、自分を責めても詮無いことです。私どものような卑小な人間にとりまして、最終的には運命をご主人様のーこの世界の中心におられる偉大な紳士淑女のー手に委ねる以外、あまり選択の余地があるとは思われません。それが冷徹な現実というものではありますまいか。』主人公は自らの生き方をそう悟ります。
美しい夕日の前の小さな人間にとって、覚悟をもって力を注ぐべき真に価値あるものとは何なのかを問いかけられます。
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