心機一転の季節

市民の森の桜と菜の花

4月に入り一気に色とりどりの花々が咲き始め、殺風景だった庭や家の前の畑風景が徐々に美しくなってきました。我が家では息子の引っ越し(とは言え県内の実家沿線先)とかもあり、なんとなく先月末からバタバタとせわしなくもありましたが、とりあえず明るく心機一転です。

ヴォーリズ記念館の十字架のように見える窓

今週の初めは、冬に戻ったような寒さの中、滋賀県の長浜と近江八幡へ旅行へ行ってきました。実は計画していた段階では桜が目的のつもりでしたが、予想は大外れの大失敗で、寒くて寒くてまだまだ桜は全て固い蕾ばかりでした。ただ、いつも旅行というのは得るもの大です。今回は一緒に行った姉と久しぶりにいろいろなことをじっくり話せたこと、そして近江八幡では建築家ヴォ―リズ(1880-1964)の生涯を知ったことが収穫でした。
性格も考え方も全く違う姉との会話は私にとって、新風に吹かれて頭の中に心地良い揺らぎが生じるとでも言うのでしょうか、有意義なものでした。ヴォーリズのほうはクリスチャンとしての奉仕の精神と、日本人として生き地域に根差すことを固い信条としながら、仲間と共に大きな仕事を成し遂げている点が素晴らしいと感じました。その強い信念に力をもらえたように思えます。

さかなの会の仲間たち(お休みだった方々ごめんなさい)

今日は、混声コーラス「さかなの会」の遅ればせながらの新年会でした。皆さんの話から、日々の生活はいろいろ問題を抱えつつも、歌うことで元気になってくださっているのが伝わってきました。これからもずっとそんな雰囲気を壊さないよう頑張らなければと、私としては心機一転の心意気をここでもいただけました。

盆栽美術館

自宅近くに盆栽美術館があり、毎年、年に2回くらいは行っています。春や初夏は芽吹いたり花が咲くのが楽しみですし、秋や初冬は紅葉や実がつくのを見るのが楽しみです。

もともと興味は全く無かったのですが、遠方へ出かけられない夫に季節を感じてもらうのには最適の場所なわけで、行ってみると私自身も結構気持ちよく楽しめるのです。

常緑樹の松や真柏も常時多く展示されています。始めの頃はそのどこが面白いのか良くわかりませんでしたが、神(ジン)と舎利(シャリ)という説明を読んで、その白く枯れた枝や幹の模様が面白くなりましたし、狭い器や岩の上に根を張り美しい姿を見せるその生命力に驚いたりします。推定樹齢300年~500年とかですから、その生命力は人間の想像以上です。

五葉松。推定樹齢350年。 支えも無く、このバランスで生きているのですから凄い!
寒桜。見事に満開で春の訪れを感じさせてくれます。

この日は枝垂桜や椿も素晴らしかったのですが、原則館内撮影禁止で、決められた作品しか撮れません。なんでだろ~なんでだろ~♪

昨年の暮れの発表会で生徒の合唱が有り、その準備のため、ピアノのレッスンで生徒さんと共に毎日のように一緒に歌っていたところ、すっかり喉がおかしくなってしまいました。以来、今年1月のインフルエンザ騒動を乗り越えても、喉は戻らず、ずっともどかしさを抱えていました。

できるだけ喉を休めるよう心掛けていましたが、一進一退の繰り返しで、それでもやっと先月半ばくらいから少し戻ったかなと思えるようになり、先日アドヴァイスをいただきに声楽のレッスンに久しぶりに行ってきました。レッスンでは、始めは調子良かったのですが、やはり30分くらい声を出していると、また擦れたり出なくなってきたりしてしまいました。

「これって、歳のせいで声帯とその周辺の筋力が衰えているということですか?」と、私は自らの不調をそう思っていたので聞いてみました。

「筋肉が衰えていたり、疲れたりしていたら、声出しをストップさせますから大丈夫ですよ。出し方が悪くなっているのです。」と、先生。

つまり暮れからピアノの生徒さんとともに一生懸命歌っているうちに、すっかり変な通り道で歌う癖がついてしまったようです。喉は面白いことに、気持ちを変える、身体の使い方を変える、口の開け方を変える、それぞれほんの少しのことでスッと出たり、出なくなったりします。しかもどう変えたのかの自覚がいまいちハッキリしないままにそうなるのです。綱渡り技術の習得みたいに、バランスよくまっすぐ進むのは本当に難しいです。

「簡単に習得できれば、皆さんプロになってしまいます。」とも言われました。そりゃそうだ。
まあ、レッスンに行ったおかげで、歳のせいでも、筋肉の衰えでも無いことがわかり、また練習してみよっとやる気が出てきたのでした。今度こそ正しい通り道を探りつつ道から外れないようにしなくっちゃ!

バレンボイムを聞く

たいした稼ぎも無いのに、確定申告は毎年していて、しかも青色申告をしています。貸借対照表とかは未だに訳がわからないのですが、税理士だった父が生きていた時に作成してくれた書類をなんとか真似しつつ書き込んでいるのです。毎年この面倒な作業を嫌々ながら仕方なくこなしています。

ところがメリットもあるものです。おおよその自分の収入と支出は常に把握しているつもりでも、カードの引き落とし明細を1年通して見てみると、結構年間知らずに払っているものに気づいたり、無駄を発見したり、自分の生き方まで見えてきたりします。

ということで今回のメリット。私は、「ベルリンフィル・デジタルコンサート」と契約しているにもかかわらず、最近全く利用していなく、今回の確定申告のおかげで大いに反省させられ、さっそく聞いたのでした。

まずは2018年のジルベスターコンサートを聞きました。これが本当に素晴らしかったのです!!1曲1曲感動でした。すべての演奏に夢中になりました。プログラムは、バレンボイムの弾き振りでモーツァルトの「戴冠式」に始まり、そのあとはスペイン情緒をテーマに、ラヴェルの「スペイン狂詩曲」「道化師の朝の歌」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「ボレロ」、そしてアンコールにカルメンから「前奏曲」「花の歌」「闘牛士の歌」。ジルベスターコンサートに相応しい楽しめるプログラムと演奏で、観客も総立ちで拍手をしていました。

作曲者と演奏者と指揮者とすべてが天才のなせる世界そのもので、you tubeとは違う臨場感があり聞けて良かったです。バレンボイムは75歳くらいでしょうか、全く衰えてなく、むしろピアノも指揮もすごく良くなっている、なんて言ったら叱られそうですが、感動しつつそう感じました。いやー素晴らしかったー!!

テーブルウエア・フェスティヴァルへ

一度行ってみたいと思っていたのですが、とうとう行くことが出来ました。友人達はそれぞれ忙しく、足の悪い知り合いは会場の東京ドームは階段だらけで無理と言うし、すでに行ったことのある知り合いは、食器はいまや断捨離の時期で要らないと言うし、両親の介護でそれどころでないと言う友人も、で、長女に声をかけてみると幸い空いていたので一緒に行ってきました。

https://www.tokyo-dome.co.jp/tableware/

テーブルウエアとは、食事の「おもてなし」の際の食器かと思うのですが、食器だけではなく、クロス、マット、ナプキン、花瓶、花、置物、壁紙といったすべてがコーディネートされて展示されていて、それは大変見ごたえがありました。それらの芸術的な美的バランスは、現実離れしていようが(少なくとも我が家では)、大いに見るに値します。それぞれの食器の素晴らしさももちろんのこと、洗練された統一感の中に、遊び心があったり、凛とした近寄りがたさがあったり等、果てしない奥の深さを感じました。

それで、ここにどんなお料理を?どんな物腰でお茶やらお料理を提供するの?などと考えてしまうとガサツな私は無理よ無理無理と気が遠くなるばかりでしたが、良い目の保養ができたのでした。

マイセンのお人形。かわいい。

インフルエンザそしてコンサート

このところの報道では「嵐」の話題が賑やかですが、我が家のこの2週間ほどはまさに風雨の「嵐」到来でした。まずは先々週、夫の定例の薬をもらいに嫌でも病院へ行かねばならず、この時期だからこそ気をつけていたつもりでも行ったその2日後に夫が高熱発症。その日、夫は高熱で全く起き上がれなくなり、私の力では動かせない為、訪問看護士さんに来ていただいたところ、様子がおかしいとのことで救急車を勧められて夜に病院へ。結局検査の結果インフルエンザA型ということで、夜中に家に帰され、そのまま動けない夫を相手に格闘でした。
翌日からは薬が効いて、夫は徐々に起きられるようにはなりましたが、その2日後、マスク、手洗い、ドアノブ、タオル等気をつけてはみても私にうつらないほうがおかしいわけで、私がとうとう高熱発症ダウン。

それで先週は5日間、仕事や用事はキャンセルさせていただき、寝ては楽譜をのぞき込んでの生活に。3日目には熱も下がりピアノを弾けましたが、途中で咳込んでしまう状態が続きました。

26日の本番の日は、咳もだいぶおさまり、あとは弾くしかないのですが、ちょうど出かけるその朝、TVで何の話だったか忘れましたが、「度胸」と「狂気」は紙一重なんですよ、というコメンテーターのセリフが耳に入りました。まさに私がしようとしている行動は「狂気」ではないか、なんて自問自答しながら出かけたのでした。

リハーサルはソファ型の椅子の高さが合わず、結局背もたれ型に変えて試しているうちに規定の9分はすぐ無くなり、あとは出番までジッと我慢の子。

さて、本番では自分なりになんとか弾き終えることが出来、ホッとしているところです。インフルエンザ騒動のおかげで、人前で事前に弾いておく準備が出来ないまま、ベートーヴェン後期ソナタという大曲を大舞台で初めて人前で演奏することとなりましたが、案外これが逆に少し自信にもなりました。「狂気」を感じさせるような演奏は出来ていませんが、女は「度胸」ですかね。

ボエームより2重唱

今週、月、火とゆっくり出来、咳もすっかり治まり、我が家の嵐も私の挑戦もすっかり去りました。今年は持ち前のノー天気思考を大いに反省し、予防接種は必ず受けようと決心しました。(予防接種を受けていた同居の息子はセーフ。お世話になりました。)

音楽家の集いコンサート

今月26日(土)にさいたま芸術劇場音楽ホールで開催される音楽家の集いコンサートに出演いたします。与野音楽連盟主催のこのコンサートは近隣の音楽講師の方々によるコンサートで、ピアノ、声楽、管によるソロやアンサンブルです。

私は、ベートーヴェンのピアノソナタ31番より第1楽章と第3楽章フーガを弾きます。
もう一つ、声楽の伴奏でも出演いたします。「この道」、オペラ『ボエーム』より「助けてマルチェッロ」、「美女と野獣」です。


只今、この偉大な名曲たちと毎日対峙しながら真剣に準備を進めております。そして 忙しいながらもピアノを弾く時間をなんとか作り、真剣に向き合うということは、幸せなことかもしれないなとも感じています。汲めども汲めども新たな発見、手に負えないくらいの新たな反省、時に新たな喜びみたいなものもやって来るからです。

ご興味のあるかた、よろしかったらどうぞお出かけください。

明けましておめでとうございます

今年もどうぞよろしくお願いします。

我が家のお正月は例年通り家族とともにおせちを食べて、初詣へ行き、あとはテレビを見ながらのおしゃべりという感じでした。これが一番楽ですね。
もう一つ、暮れに仕事が終えた時、ゆっくり本を読みつつくつろぎたいと、ミステリー小説を1冊買いましたが、夜な夜な少しづつ進めて昨日読み終えました。本は「ブルックリンの少女」という、フランスの新進人気作家ギヨーム・ミュッソの作品で、ベストセラーミステリーとして店頭に置かれていたので、作者も知らないまま年末年始用にと衝動的に購入したものです。結構ミステリアスで引き込まれ面白かったですが、最後のどんでん返しは不自然かなぁなどと思いつつも満足です。

さて、今日から仕事が始まりました。今年も真摯に音楽と向き合うことをベースに、挑戦したり楽しんだり自分と向き合ったり教えていただいたりしながら、私なりの力を皆様のために発揮できると良いなと思います。

今年が良い年でありますように!

2018クリスマスコンサート終えました

24日にクリスマスコンサート(発表会)を無事に終えました。子ども達の合奏、ピアノソロと合唱、大人の合唱、大人のピアノ

学生の部の記念写真。皆この日が一番の出来でした。

、そしてゲスト演奏(ヴァイオリンで次女の由里が出演)と盛りだくさんの1日でした。講師としては朝から準備等々でバタバタしつつも出演者の皆さんが本当によく頑張ってくださり、1人1人からクリスマスプレゼントをいただけたような嬉しい1日でした。

大人の部の最後に皆で記念写真。

皆さまお疲れさまでした。これからも音楽を楽しみつつ音楽ととともに歩ん

ゲスト演奏 ツィゴイネルワイゼン他

でくださいますようお祈りしています。

 

「SEKAI NO OWARI」作詞作曲の「RAIN]の伴奏で出演してくれた中学生の生徒さんと歌は有志の方々。

ルーベンス展へ行く

《パエトンの墜落》 《マルスとレア・シルウィア》

ルーベンス展に行ってきました。画像は国立西洋美術館のサイトからコピーしました。スケールの大きな肉体美と同時に、神話や聖書の真実味が有無を言わせず迫ってくるかのような表現でした。イタリアの古代彫刻や考古学を相当研究した人だそうで、やはりルーベンス以降の絵画にその技が大きく影響を与えたことを考えると、ヨーロッパ芸術のルーツはギリシャとローマなのだなとあらためて思いました。

職業画家としての完成度がとてつもなく素晴らしいということは、自分が本当に描きたかったことと一致していたということなのかしら、なんても思ったり。

フランダースの犬で最後のシーンに出てくるキリストの絵は今回の展示にはありませんでしたが、ルーベンスの絵を前にして純真無垢な心が圧倒され感動とともに魂が昇華していくという感じはこの展示会を見ても良くわかりました。(昔、昔、幼い子供たちに「フランダースの犬」を読んであげているうちに、最後のシーンで読んでる私が大泣きしてしまい泣きながら読んだっけ。パトラーッーーシューズルズル、と。)

同時期の音楽としてモンティヴェルディやシュッツの音楽が音声ガイドでは流れていました。バッハ以前となると雰囲気のみ味わうという感じの私ですが、絵画としっくり合っていて、なんとなく納得できましたし、良い経験でした。