連休終了

今月の連休は、天気も良く、気持ちの良い日々を過ごすことができました。

1日目、地元「アルディージャ」を家族で観戦。

この日は愛媛戦。なんとか勝ってくれて、試合後家族で乾杯。

2日目、「ラ・フォール・ジュルネ」へ夫と早朝から出かける。

聴いた演目は、アルデオ弦楽カルテット「死と乙女」、ペヌティエのピアノとヴォックスクラマンティスコーラスによるリスト「十字架への道」、セルゲ・ツィンマーマン&アンドラーシュ・ケラー指揮とVn&コンチェルトブタペストによるバッハの2つのヴァイオリンのためのコンチェルトd-moll,c-moll他、プラジャーク弦楽カルテットによるボロディンの弦楽カルテット第2番とスメタナ「わが生涯より」。

この日、一番印象に残ったのは「十字架への道」でした。初めて聴く曲でしたが純粋に感動しました。この曲の大きな要となるピアノが大変素晴らしい演奏でした。

3日目、来客。(夫の友人)

夫が倒れて9年になりますが、毎年2回、欠かさず訪問してくださり、楽しい時間を提供してくださるのですから、本当に感謝です。この日は息子が自慢の手作り餃子を振る舞ってくれ、これが大好評。(いつの間にやら腕を上げていました。)

4日目、姉とランチ。

姉は生まれながらのおしゃべりな外交家。私は年齢に比例しながら我が人生に応じておしゃべり好きに。シニア世代となった二人が会うと時間も忘れます。

(夫?牛丼屋で昼食をとったようで…。)

5日目、ピアノ教師仲間とランチ。

これも毎年2回くらい集まる楽しみ行事。ピアノのこと、家族のこと、人生のこと等、情報交換であり、愚痴の発散であり、相談であり、お互いの元気の注入でありみたいな。

(夫?前日のカレーの残り…。)

こうしてこの連休は過ぎ、この他、本も読めたし(「家族という病」「偏差値29からなぜ東大に合格できたのか」)、庭の手入れも出来たし、結構私なりに充実だったかな。おかげで気持ちもリフレッシュできました。

スズランのベル

小学1年生の可愛い生徒さんが、田丸信明作曲「森の妖精たち」という可愛い曲を弾いていました。

この楽譜の題名の横には、スズランの花を可愛い妖精たちが小さな魔法のスティックで鳴らしている素敵な絵が付いていました。

左手のドーソードーソーという繰り返しが、森の妖精さんがスズランの花を鳴らして伴奏している響きだなんて、ナンテ素敵な発想でしょう!

私はその発想に感激したのですね。

生徒さんに、「妖精って知っている?」と聞くと「はい。小さくて飛んだりできるの。」と答えてくれました。次に、「では、スズランの花って知っている?」と聞くと、「知らない」でした。

「こんな小さなお花がベルのような形していて、いくつも連なって咲くのよ。」と説明しましたが、ちょうどうちの庭で咲いているので、直接見た方がイメージしやすいだろうと思い、レッスンが終えてから庭へ案内しました。

「見て見て、これよ。この白いお花を妖精さんが鳴らしたのよ。」と言うと、生徒さんの反応は、さて、???

生徒さん 「お花って、固いの?」

私 「お花だから柔らかいですよ。」

生徒さん 「固くないの?」

私 「どうぞ触ってみて。」

生徒さん 「固くないと鳴らない…」

私 「…(意外な反応に戸惑う)目に見えない妖精さんが鳴らしてるっておもしろくなあい?楽しい感じするじゃーん。…(戸惑ったまま)」

やられたー。現実と架空とはっきりとした境界線があり、お伽話をファンタジーとして楽しむ大人の発想とはまた違う世界が可愛い生徒さんの健気な頭の中にあるのですね。

サンタさんは寝静まった夜に来るから会えないのだから、お花も寝静まった夜にはベルのように固くなるのよ、ナンテはだめですかね。

浦和で合唱祭

昨日は、ゴールド混声合唱団「レッツ・スィング」の「浦和合唱の会」での本番でした。(於:さいたま文化センター大ホール)

彩の国埼玉芸術劇場を拠点に大活躍している「さいたまゴールドシアター」をもじって我が団を「ゴールド混声合唱団」などとこっそり呼んでいますが、合唱祭に出演するにつれ、同じようなシニア層が増えていることを感じます。昨日も会場を見渡すと同じような年齢層が多く、その中に3割ほど若い方(30、40代、50代)が交じっている的な雰囲気で、10年ほど前に初めて参加した頃の少し申し訳ないような居心地はすっかり感じなくなりました。(「レッツ・スィング」は混ざり気無しのシニアグループです。)

歌った曲は混声3部「少年時代」とアカペラ混声4部「七つの子」でした。

この日は我々はぶっつけ本番。「各自心身ともに本番の準備を必ずしてくるように」のお達しのみ。

そして結果は。

実はこれを書きたかった!

「良い色のスモークサーモンのブラウス、似合っていますよ。

魚水先生はステキですね。

自然なのびやかな歌が心をいやします。合唱はこれでなくてはネ。

男性方とてもチャーミングです。(あ!もちろん女性もネ)

「七つの子」からすを聞いた時から涙が出ました。ブラボー♡」

こんな講評をいただけました。講師はチャーミングなメゾソプラノの郡愛子先生。(秋に歌手生活40周年コンサートを開催とのこと。)

私としては、本番が終えて時間が経つにつれ、あそこが、ここが、と次々に自分の指揮も含め反省点が思い返されていたところでしたので、帰宅後に役員さんから送られてきたこの講評を読み、ホッとし、とても嬉しく思いました。

自然な息の流れを評価していただけたことは、成功だったかと嬉しく思います。元来甘党ですから、甘口講評大好きです。

さて、もう一つ。郡先生が終了後の全体の講評と挨拶の後、打ち合わせ無しの特別プレゼントで、「わすれなぐさ」を生で歌ってくださいました。(日本語の歌詞で伴奏無し)

とても心のこもった素敵な演奏でした。良い時間の共有というのは、こういう時間だなと感じました。愛のある素晴らしい時間だったと思います。郡先生、ブラボー♡

大人のピアノのお楽しみ会

昨日は、大人の方のお楽しみ会を自宅のレッスン室で行いました。8名の参加でした。

それぞれ、クレメンティ「ソナチネト調」~ショパン「ノクターン8番」~ドビュッシー「バラード」~ショパン「プレリュードとロンド」~シューマン「異国から」&「トロイメライ」~ベートーヴェン「告別」1楽章を弾いていただきました。(2名は見学)

名曲ばかりです。皆さんのピアノ音楽に対する熱い思いが伝わるひと時でした。

「狭いレッスン室ですし、発表というよりも懇親会ですので、普段着的に弾いてくだされば良いですよ」とのこの企画は、逆に中途半端な緊張感となり、演奏する方は、気持ちの持ちようが難しい面もあったかもしれません。でも、時にはそれも良い経験になることと確信します。また何よりも、音楽を通しての仲間どうしでの屈託ないおしゃべりは楽しいものですしね。

大きな舞台に向けての真剣な準備とそれなりの緊張も貴重ですが、こんな時間も貴重かと思います。

ところで私は今回は弾きませんでした。

いや、でも、実は、皆さんが帰られてから、なんだか自分に物足りなさを感じたのでしたよ。

私としては、先週は旅行もあり、忙しさでピアノを弾く準備はろくに出来ず、ここは弾かないほうが無難であるとの判断でした。が、後の祭り。出来栄えなんて気にせず、私も熱い思いを発散させれば良かったぁと感じた次第です。

お祭りと同じく、やはり踊らにゃ損損、ですね。

黒鍵

「黒鍵」を弾いてみました。

http://douga.zaq.ne.jp/pluginplayerv3.swf?video_id=48498692/48498692peevee612028.flv&l=186&u=douga.zaq.ne.jp/viewvideo.jspx?Movie=48498692/48498692peevee612028.flv

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私にとってピアノは、専門に学び始めて以来(高校時代から)、とても難しい楽器となりました。高校生以前はまさに井の中のお嬢さん蛙で、一人だけの世界に入り独りよがりに気持ちを発散させていただけのことでしたから、どんなに弾けなくても下手でも、客観視などする必要も無く、悩んだことなど全くありませんでした。(おかげさまで親からも兄弟からも、何も言われずに育ちまして。)

そんな学生が専門学校へ入ってしまったのですから、そこからは一気に解決できない悩みと鬱屈した気持ちとに覆われるわけですが。

ともあれ、幼い頃のようにこうして仕事と関係なく自宅で弾いているのは楽しいですね。

花見

おおかたの水曜日は、滞った家事をする日と決めていますが、こう満開となっては、やはりお花見へと出かけたくなります。

毎年、自宅近辺を楽しんでいます。嬉しいことに、さいたま市では「目指せ日本一!サクラサク見沼田んぼプロジェクト」という計画を進めています。見沼田んぼをステージに20キロ以上にわたり桜回廊を作るという計画です。

http://www.minumatanbo-saitama.jp/sakuraproject/

我が家は見沼田んぼ西縁&芝川周辺のため、おかげさまでその恩恵に与れていると言えます。ただ自宅目前の芝川にも桜回廊があればなあなどと贅沢な希望を持っていますが。

今日は何年か振りにお弁当を作り、夫サービスも兼ねたお花見をして来ました。

市民の森~大原サッカー場周辺~見山周辺(見沼代用水西縁)~見沼自然公園、さぎ山記念公園(見沼代用水東縁)~七里総合公園と車を走らせました。美しい桜回廊をほのぼのと堪能できました。

断捨離第2弾

2006年1月に夫が倒れたとき、我が家は夫の事務所から引き揚げたたくさんのダンボールに数か月埋まりました。その片づけを機に結婚以来のたまりにたまった諸々の整理も始め、なんとか夫婦で気持ち良く生活できるほどに片付けたのですが、この時に出した45リットルのごみ袋や古本、燃えないゴミは、まさに山のようでした。私は奮闘したおかげで腰を痛め救急車に乗ったっけ。

さて、早いもので来年の1月で10年です。最近、10年の区切りを意識し、断捨離第2弾を始めています。というのも、夫がだいぶ生活が自立してきて、目が離せる状態になったことで家族としての生活様式が微妙に変化していること、2階の娘たちが使用していた部屋に息子が居住することになり新たに整理しなければならないこと、終活のためにもまだまだたくさん残っている過去の荷物を減らしたいことが理由でもあります。

思えば、10年前の第1弾で捨てた物のうち、これまでに後悔をした物は皆無であり、むしろ気持ち良く生活できるようになった嬉しさのほうがこの10年間大きく気持ちを占めているわけです。

TVで、「心がときめくものを残し、捨てるものは感謝をして捨てること」と断捨離専門家が言っていました。この助言に則り第2弾を年内には完了させ、11年目の家族の新たな再スタートの夢を描いています。

↑今時古本屋では引き取ってくれず、これもあと3日したら断捨離。欲しい人いないですか~。いないよね。

平均年齢70代の奇跡

本日は、おかあさんコーラス埼玉県大会へ「コール・エーデルワイス」さんと出演してきました。会場のクレア鴻巣大ホールは我々にとって初めてのホールで、会場の音に接するまでは少し心配でした。

ホール内に入るとまず、このホールのデジタルで音響の操作をしているかのような生音とはいくらか違う新しい感じの響きを感じました。反響板とホールの設計の成せる技なのか良くわからないのですが、それでも声が音楽的に伝わる心地良い響きでもありました。

実際に舞台で演奏してみても、我々年配者にとってはとても有難いホールでした。団員の方々も自分の声もホールでの響きも良く聞こえ、とても歌いやすかったと喜んでいました。指揮者の私としても団員との距離を感じるような孤独感が無かったですね。

さて講評には「若々しい声ですね。無駄のない指揮と歌とピアノのバランスがとても良かったです。」「しっとりとした歌声が女声コーラスの魅力を伝えています。」「自然な良い発声で気持ち良く聞かせていただきました。」と3人の講師の先生から書いていただけました。

イエーイ。これは奇跡です。なぜって、我々「コール・エーデルワイス」は確実に平均年齢70才以上です。80代の方も2名。80近い方が2~3名。おかあさんコーラスというよりも、実はおばあちゃまコーラスですわ。

皆さん様々な人生の歴史を乗り越えつつ何十年とお元気に歌ってこられ、レッスンを終えると、良く食べ良く笑い実に良くおしゃべりするのです。つくづく私はそんな団員の方々を誇らしく思うのです。

歌の力、音楽の力、仲間の力、そんな力を合わせて皆さん元気でいて下さるのですから、嬉しく感謝です。今日のホールにも感謝。

*演奏曲は、カッチーニの「アヴェ・マリア」と「ソレアード~子供たちが生まれるとき」でした。「アヴェ・マリア」は、清廉な2部コーラス。「ソレアード」は、すべての子供たちが争いや憎しみのない平和な世の中で生きていけますようにとの願いが込められた歌です。

井上陽水「少年時代」

ゴールド混声合唱団「レッツ・スィング」で只今「少年時代」を混声3部で歌っています。レッツ・スィングの方たちは、ビートルズをこよなく愛しているというベビーブーム世代の60代の陽水よりは微妙に世代が上で、終戦後の復興する昭和をしっかり生きてこられた世代です(ほとんどが70代)。曲の解釈としてその世代間の意識の差を含め、陽水の世界を言葉で伝えようとすることの難しさに苦戦します。

そもそも歌詞が理屈ではなく、とても感覚的です。こうだから悲しい、こうだから空しい、単純にノスタルジックに少年時代が懐かしい、ではないわけです。

はじめからして、「夏が過ぎ 風あざみ 誰のあこがれにさまよう~」と歌いますが、風あざみは陽水の造語で、あこがれにさまよう?何が?という感じですから、皆で意見を出し合いつつ考えていると時に笑ってしまいます。

「夢はつまり 思い出のあとさき~」、この部分も、ある方から、夢が思い出の中に詰ってあとにもさきにも行き場がなくなったのですか?と聞かれたときは、そんな受け止め方もあるのかと、少し驚きました。

この方のですと、「つまりは人生、思い出未満」そんな解釈になるでしょうか。

私としては、「夢というものは、いつも思い出とともにあるもの」みたいに解釈しています。

「ふるさと」に、「~夢は今も巡りて、思いいずるふるさと」とありますが、それの陽水版で「~思いいずる少年時代」みたいな。

他の部分の歌詞もいろいろな解釈が可能です。宵かがり?夢花火?長い影が夜にのびて、星屑の空へ?そんな歌詞に思いを巡らせていると、陽水ワールドへの道が見えてくるようにも感じます。

言えていることは、陽水は人生を肯定も否定もしていないし、決めつけたりもしない。夢を持って羽ばたこうとも言わないし、長い冬が寂しいとも言わない。私の心は夏模様~UH~UH~UH~と飄々と歌う。そこがおしゃれであり、安心でき癒されるし、そしておもしろい。

結論として、世代を超えて味わえるこの名曲を創り上げた井上陽水は不思議な天才的芸術家だということです。

ドイツレクイエムに癒される

社会的なおぞましい事件が続きます。また、私自身も何も怖くなかった若い頃は遠く彼方へと去り、次から次の様々な出来事を受け止め噛みしめねばならない年代であり、時にはその苦さに立ち止まり方向を探らざる得ないこともあります。

そんな折、ベルリンフィルのデジタルコンサートで聴いたブラームスの「ドイツ・レクイエム」が心に染み渡りました。

(ティーレマン指揮、ベルリン放送合唱団)

暖かさ、深さ、壮大さのあるこの名曲は、ブラームスが選択したという聖書からの歌詞による作品で、ラテン語ではなくドイツ語ですが、この歌詞が名曲となる重要な源となっていると思います。

私自身は無宗教ですが、対訳を読み、そのうえで聴いたのですが癒されました。宗教を超えた人間共通の音楽です。

2台ピアノ版もあることを知り、さっそくネットで注文したところです。

アクサンチェス・クワイヤのものです。届くのが楽しみです。こちらはまた報告します。