ドイツ~プラハへ①

1か月と少しぶりのブログです。

さて、いろいろ書きたいことはあるのですが、まずは、旅行のことを書いておきたいです。

5月の連休8日間でドイツのヴィースバーデン(次女が住み、働いている街で、フランクフルトがある州の州都)へ行き、そこを拠点にメインイヴェントとしてプラハ観光をしてきました。今回の旅は、「プラハ」で釣った息子に同行してもらい、次女と3人での旅でした。

日本の初夏の陽気から一転して、ドイツはまだ春先の感じで、しかも滞在中は特別寒く、予報でも毎日8,9度でしたので、まずは私は冬用コート、息子は冬用パーカーを現地で買いました。

1日目は、ドイツが初めての息子のために、フランクフルト観光です。フランクフルト中央駅手前のハウプトヴァッヘ駅で降り、周辺のお店探索から始まりました。私が見たかったのはキッチン用品の老舗「ローライ」。(高級食器は我慢!可愛いスプーンと可愛いまな板を購入。)息子は文房具を見たいということで、「ファーバーカステル」の店へ行き満足げ。そして有名なレーマー広場へ。

写真を撮りまくり、続いて雨模様の中、息子の要望でマイン川沿いの「前史先史博物館」へ。この博物館では、北欧のバイキングの生活や信仰に関する特別展がありました。壁一面に描かれた等身大の人々が生活している様子の絵や、当時の衣装のレプリカや家や村の作りをわかりやすく説明しているビデオが面白かったけれど、ほとんどのことは、私はわかりませーん。紀元前後の発掘品もたくさん展示されていましたが、私は古代の空気を感じつつ、息子の鑑賞が終えるのを待つのみ。

多いので3分の1くらいお持ち帰りにしてもらいました。

博物館を出ると雨も上がり、マイン川を橋の上からゆっくりと眺め、この日の観光は終わり。次回へ。

第1回ボイストレーニング無事終了

本日、混声コーラス「さかなの会」主催の「眼からうろこのボイストレーニング講習会」が無事に開催され終了できました。

講師をお願いした河口玲子先生の大変わかりやすい基本の徹底のお話に、全員、納得でした。基本の①はやはり横隔膜です。上半身をふわふわに柔らかくすると同時に全ての声において横隔膜を張ること。次に②としては、チェンジボイスの手前から柔らかい丸い声を意識し、力ずくの固い声にならないようにすること。そして③は、口元から気管へのホールを意識し、横に浅くしないこと。

今日のところはその3つが大きな基本だと教わりました。それらの基本が、実際に出来ている状態、出来ていない状態、それぞれ声で示して下さり、また先生の横隔膜を触らせていただいてその動きにびっくりでき、言葉だけの指示とは違う本当に目からうろこのとても有意義な時間が持てたと思います。

「屈託なく笑っている声、それがその方の原石の声ですよ。」とのお言葉も印象的です。「原石の声」は誰でも持っているわけです。磨いていきたいものです。

編曲

私は長年シニアコーラスに関わっていますが、その選曲にはいつも頭を悩ませます。シニア世代から初めてコーラスを経験された方々にとっての、ちょうど良い編曲のコーラス楽曲が少ないからです。音取りが大変なものや複雑に声部が入り組んでいるもの、高音(G以上)のもの、リズムが取りにくいものは、たとえ名曲でも避けなければなりません。シニア向けの比較的易しい同声2部はたくさんありますが、古い曲は名曲が多く、それぞれ気持ちは良いのですが、やはりそればかりですと少し物足りなさを感じます。新しい曲は、70,80代の方々は心情的に乗れなかったり、音楽的にも言葉とリズムが唱歌のような乗せかたとはちがうので、流れに乗り遅れたりしてしまいます。

ということで、昨年くらいから、伴奏を受け持っていただいているピアニストさんと相談しながら、自分たちで編曲してみようと思い立ちました。

只今、シニア混声コーラス「レッツ・スィング」のために、「平城山」「浜千鳥」が出来ています。「レッツ・スィング」さんをイメージしての編曲は、なかなか素敵に出来上がり、楽しんでいただけているように思います。今日は、私は午後フリーでしたので、「夜明けの歌」の編曲に取り組んでみました。専門外ですので大変難しく、少し作っては、お茶をして、の繰り返しの作業で、苦しみが半分、楽しみが半分です。

シニア世代がこれまで生きてきた人生への心情を率直に歌に乗せてリフレッシュしていただけたならと願いつつ。

 

発声のレッスンへ行く②

そういえば、先月末に2回目のレッスンを受けてきました。1月は暮れからの風邪の影響もあり、ずっと喉の調子はあまり良くないままでしたが、先月は、1回目のレッスンを参考に首や喉の「力み」を取ること、横隔膜を張ることを心掛けて過ごしたせいか、先月末の2回目のレッスンでは少し褒められました。

「癖を取るのに時間がかかるかと思いましたが(年齢的にも)、次の段階へ行きましょう。」と言っていただけました。「わー!デビューできます?私?」なんてすぐ調子に乗る私。

先生との発声練習で、「そこそこ、正しいです。」「違いますね、休みましょう。」の指摘が繰り返される中、自分ではよくわからないまま正しいと言われた出し方で上っていくと、なんとハイCまで出せました。これは生まれて初めてで、一人では絶対出せません。「わー!夜の女王のアリアも夢ではないの?」なんてまたまた調子に乗るなり。

続くコンコーネの曲でのレッスンでは、全て良く知っている曲なので、きれいに歌おうと張り切ると、すぐに「違いますね。止めましょう。」でした。3度音程跳躍すら、道を間違えていたのです。なるほどなるほど、安易に歌ってはいけませぬ。

口の中を縦に丸くして丸い声を出す、横隔膜を下げる意識を持つ、上半身を固めずに欠伸するような上半身のまま音程をとる、「え」の母音は「お」に近づけると出しやすい、…そんな感じです。また報告致します。

公民館祭りに芸能祭

今月はコーラス各団が、それぞれ活動会場での発表会でした。公民館祭りや芸能祭という催しで、他の活動団体と一緒の発表です。フラダンス、社交ダンス、オカリナ、ハーモニカ、太極拳、南京玉すだれ、といった他の出し物の中にコーラスも混じります。

今日は「レッツ・スイング」さんの鈴谷公民館での発表でした。「アヴェ・ヴェルム・コルプス」で始まり、そのあと、「君歌えよ」(大熊崇子作曲)「平城山」「怪獣のバラード」と用意しました。

本番ですが、ここの公民館は出番前はホール内の舞台脇の客席で前の団体の発表を見ながら待機しているのですが、本日の我々の前の団体は日本舞踊でした。邦楽に合わせての日本舞踊をたっぷり聴いて見た後に「アヴェ・ヴェルム・コルプス」って、公民館祭りならではです。しかし今日は団員のパワーのおかげでまあまあの出来栄えだったかな。お客様にもきちんと聴いていただけたようでした。

私は毎年、団員と共に少しでも良いステージを提供したいと思いつつ、一生懸命用意するのですが、こういったステージではアマチュアの団体ですから、いろいろなレヴェルの団体がごちゃ混ぜです。レヴェルというのは、発表をどう考えているかという意識レヴェルの意味です。観客へ向けて少しでも神髄を伝えられるように一生懸命用意するのか、出演者が皆で楽しく発表できれば良いのか、みたいな意識レヴェルのことです。正直、観客がおしゃべりしようが、途中で出入りしようが、失礼でもなんでも無いというレヴェルの団体もあるのです。

今日、背筋がピンとしたことがありました。それは私たちの次が「館長と仲間たち」という男声合唱団で、その指揮が合唱連盟理事でいらっしゃる大先生でした。結成されたばかりだそうですが、良いコーラスを作ろうという真剣な意識が伝わります。やはり客席は誰もおしゃべりはしません。曲目は親しみやすい愛唱歌でしたが、その姿勢は「音楽」に真摯に向き合っている事が伝わりました。

やはり、こんな時間は観客としても良い時間です。出来栄えはプロのようにはいかなくても、少しでも良いものを目指し提供しようという真摯な姿勢は、いかなる場面でも崩してはいけないと教えていただけたようにも思いました。

 

「蜜蜂と遠雷」読みました

今年の直木賞に選ばれた、恩田陸の「蜜蜂と遠雷」を読みました。日本で3年ごとに開催される国際ピアノコンクールが舞台ということで、4人の出場者と、高名なピアニストでもある女性審査員を中心に、それぞれの生き方や人生の背景、音楽への考え方や感じ方、コンクール期間における音楽的感性の変化などが描かれています。

まず、面白かったのは、音楽を言葉に置き換えて見事に表現しているところでした。1次予選、2次予選、3次予選、本選とありますから、4名それぞれが弾く膨大な曲をどう表現するのだろうと思うのですが、その言葉の魔術に飽きることなく酔わされてしまい、さすが小説家だと感嘆させられました。

題名からしても、おそらく作者の一番描きたかった人物は、養蜂家の息子である少年ピアニストなのでしょう。彼は、放浪のような生活の中、ピアノも持っていないのにも関わらず、幻の天才大御所ピアニストから直接教えを受け、その推薦状を持っているという天才です。彼は小説の中で「ギフト」として存在します。コンクールを通して、彼を取り巻く他の天才ピアニストたちも、彼の音楽に大きく触発され、音楽的感性や考えが次第に深化されていきます。

作者は音楽の本質を、「時空を超え自由に対話することのできる、人間だけが持つことのできる霊的なもの」として捉えているので、純真無垢な自然児である天才少年、風間塵の演奏は音楽の本質そのものであり、「ギフト」となるのです。

しかし、この設定については、音楽に携わる凡人の私としましては、面白いけれど、メルヘンでもあるなと思います。どんな天才であっても、たとえ自身が作曲者であっても、自然児のまま、つまりピアノを練習せず勉強もせずでは、バルトークやラフマニノフやらのコンチェルトを弾けるようにはならないでしょう。また、コンクールという場で出場者が他人の演奏に純粋に感動し、その場でストレートに自己を真摯に捉えて変容させていくというのもメルヘンではないかと思うのです。加えて、この小説には商業活動という側面からの音楽の要素は皆無なわけで、それも現実的では無いように思います。

とはいえ、設定がメルヘンであっても、霊的な自由と自己の確立があっての表現は芸術の本質と言えますし、演奏者の描写は音楽の深淵を見るようで惹きつけられ、読む側としても読後に大きな「ギフト」をいただけたように思えました。

大人のピアノ懇親会

昨日は、自宅レッスン室にて大人のピアノレスナー様が集まり、懇親会をいたしました。昨日は、都合のつかない方が多く、参加は5名と私でした。それぞれ自己紹介の後、いつものように1曲ずつ発表をして、お茶&おしゃべりタイムです。

発表はベテランの方も初心者の方ももちろん私も皆リハーサル無しということもあり、この場は毎回緊張します。私も含め、家では弾けているのにどうしてって感じですね。でも、私は皆さんが心を込めて弾いて下さっているのを聴かせていただき、風邪をひいてしまった体調が少し改善した気がしました。演奏者の心の熱さに風邪菌が死滅していく感じでした。

懇親会終了後

「埴生の宿」、「エーデルワイス」「フライミートゥーザムーン」、リスト「ため息」、プーランク「エディットピアフを讃えて」、アルベニス「ゴルドバ」、チャイコフスキー「炉端にて」が昨日の発表曲です。

最後のチャイコの小品が私だったのですが、昨日はどうも納得いかない出来栄えに、我ながらがっかりで、本日録音し、エイッとyou tubeにアップしてしまいました。ただしmp3をmp4に変換することは出来ましたが、その後の編集が出来ないままアップしています。you tubeにアップして思いましたが、素晴らしい演奏がyou tube内にいろいろあり、それらをもっと研究するべきであったと、またまた反省です。と、こんな失敗をしながら、勉強でもあります。とりあえずご興味あればお聞きください。

発声のレッスンへ行く①

昨日、知り合いのソプラノ歌手のお宅へ、発声のレッスンを受けに行ってきました。発声レッスンを受けるのは数年ぶりです。この年末年始に声が出なくなり、やっと1月半ばくらいから普段通りに出始めたのですが、この際、自分の発声を見直してみたいので、レッスンをお願いしました。

昨日はもっと早く行くべきだった、と反省でした。頭では理論的にわかっているようで、出来ていなかったわけです。

私の問題点は、まずは下顎が固く(ぶら下がっていない)、開き方が正しく無かった点です。歯医者で歯を見せるような開け方になっていて、それを風邪の時に喉の奥を見せるような開け方にしないといけないという点でした。

次に、顎から首にかけてと鎖骨周辺にすぐに力が入る点です。これは、自分では全くわからないのですが、首を振ったり、肩を揺らしたりするといくらか声も楽になるので、知らずに緊張が走っていたのでしょう。

さらに、ア、イ、エ、の開け方の口の中が平たい点。横隔膜の維持が出来ていない点。などなど、全部基本的なことでありました。

これら、すべていつものコーラスの指導で私が指摘している点なのですがね。自分では出来ているつもりだったというだけでした。

今後、せめて月1でレッスンをしていただこうと考えています。私の年齢でも、「まだまだこれから出ますよ~」って言っていただけましたし!また報告致します。

キット・アームストロングを聴く

午後からさいたま芸術劇場へキット・アームストロングを聴きに行ってきました。

キット・アームストロングは、あのブレンデルに「これまでに出会った最も偉大な才能の持ち主」と言わしめた1992年生まれの天才ピアニストです。

本日のプログラムは、前半がC.P.E.バッハの「自由な幻想曲」、演奏者自作の「左手のための3つの幻想曲」、スウェーリンクの「わが青春はすでに過ぎ去り」、演奏者自作の「細密画」で、後半がJ.S.バッハの「パルティータ6番」でした。

前半の曲は初めて聞く曲ばかりです。しかし、彼がピアノの前に座り初めに出した音で驚きました。これまでこのホールで多くのピアニストを聴いていますが、初めて耳にするような芯のある美しい音でした。それがずっとずっとどこまでも、どこもかしこも美しく、理性と情熱との完成品として続きました。自作の曲は心象風景を表現したような題名付き小品の組曲で、それぞれ即興的な雰囲気の音楽で、素晴らしかったです。後半のパルティータ6番は、意思や意図を前面に打ち出すようなとても情熱的で説得力のある演奏で大変見事でした。

彼は、数学の学位もパリ大学で取っているそうで、作曲はピアノを習い始めるとすぐに作り始めていますし、もう、頭の中は、疑うことのない本物の大天才人間です。だからと言ってはなんですが、彼のピアノを聴いていると、もうその隙のない天才的芸術に「ちょっとオバサンついてけへんは」と正直言いたくなる感じもなきにしもあらずでした。どの音も美しく、どの音も意図があり、淀み一つもなく、どの音もかっこ良く輝いているのだもの。還暦過ぎた頭ゆるんでるオバサンとしてはね、ちょっと、ホットもしたいねん、なんてね。

今日は午前中に混声コーラス「さかなの会」で仕事をし、昼食は豚骨ラーメン。スープをほとんど飲んでしまったせいか、よけい頭ゆるんでたかもな。