ドイツ~プラハ④

プラハの3日目。この日は夕方よりドイツへ戻ります。

朝食後、ホテルに荷物を置いたまま、旧市街広場のティーン教会へ行きました。前日訪れたとき、9:30よりミサがあると書いてあったので、行ってみたかったのです。広場は、ちょうどプラハ国際マラソンで賑わっているところでした。生の音楽バンドが盛り上がり、警官やら観光客やらマラソンコースに群がる応援客やらでごちゃごちゃでした。こんな中でミサが本当にあるのかなと思いきや、教会の中では、厳かにミサが行われていました。子ども連れの市民が結構集まっていました。

私は信者ではありませんが、しばらく聞かせていただきました。ゴシック建築の教会の中は宗教絵画や彫刻等で飾られた大きな空間で、そこで司祭様の話、パイプオルガンの演奏と賛美歌、神父さんたちの歌と話、そしてパイプオルガン伴奏の賛美歌といった具合に続きます。宗教と音楽とが自然に市民とともに結びついていることを感じます。

カレル広場から新市庁舎

ホテルをチェックアウト後、目指すはドヴォルジャーク博物館です。カレル広場を通って行きました。カレル広場は旧市街の南で、新市街市庁舎があり、花が美しいとても素敵な公園でした。ミモザ、シャクナゲ、コデマリ、チュウリップ、マロニエが私のわかった花々です。

さて、1日目に書き忘れましたが、スメタナ博物館も見学しています。カレル橋のすぐそばにあり、スメタナの自筆譜や手紙等が展示されています。スメタナの自筆譜や手紙は、これまで見た中で一番美しいものでした。メンデルスゾーンも美しいと驚いたことがありますが、さらに完璧であるような印象です。メンデルスゾーンやモーツァルトは自然に美しいのですが、スメタナは優等生的な完璧さというのか、誰にも真似ができないほどの印刷のような美しさと超繊細さに思えました。

ドヴォルジャーク博物館での印象は、もっと暖かい家庭的な感じでした。お嬢さんやお孫さんとの写真があったりしたせいもあるかもしれませんが。

自筆譜もそれなりにきれいですが普通に訂正箇所がぐちゃっと消してあったりしていました。ドヴォルジャークの部屋ですが、ピアノ(ベーゼンドルファー)の正面にキリストの十字架像、そして両脇にモーツァルトとベートーヴェンの像が置かれていたことも印象的でした。

どちらの博物館も作曲家の名曲を視聴できる工夫がしてあり、それらもプラハならではの景観の中で楽しめました。

ドヴォルジャークの部屋

ドヴォルジャーク博物館

ヴァーツラフ広場の騎馬像をちらと見て(後からあれが「プラハの春」や「ビロード革命」のヴァーツラフ広場だったかと気づきましたが)、国立オペラ劇場の喫茶店でお昼を食べ、そのまま地下鉄で空港へと向かい、プラハの旅を終えました。

 

ドイツ~プラハ③

プラハの2日目は市内観光~ミュシャ美術館~プラハ城~カレル橋。

旧市街広場にでたところ。正面はティーン教会

旧市庁舎天文時計

火薬塔(かつての城壁門)

宗教改革をしたフス像

共和国広場の市民会館(中にスメタナホールがある)

ミュシャ美術館より

プラハの街並み(プラハ城より)

プラハ城聖ヴィート大聖堂

ヴィート教会のステンドグラス(この教会にミュシャのデザインのステンドグラスがあるとわかったのは後からでこれは違うかも。)

騎士?

プラハ城からマラーストラナ広場へ

聖ミクラーシュ教会内部(修復中でした)

ミクラーシュ教会のモーツァルトが演奏したというオルガン

カレル橋より

カレル橋の塔

チェコ料理店

 

 

 

 

 

ドイツ~プラハ②

プロペラ機

2日目は早起きしてフランクフルト空港へ向かい、チェコ航空でプラハへと飛びました。約1時間半ほどです。プラハ空港からプラハ市内へはバスと地下鉄を乗り継ぎますが、チケット販売機でのチケット購入は私にはさっぱいわからず、もっぱらドイツで慣れている次女任せ。地下鉄の乗り継ぎや道案内は地図を読む息子任せ。荷物も息子任せ。早めの母の日だね、と景色を楽しみつつついていく私。

ホテルはカレル橋から徒歩5分ほどの場所で、ホテルへ向かう途中、カレル橋に少し寄ってみました。カレル橋は各国からの観光客でいっぱいでしたが、やはりそこから見るブルタヴァ川の眺めは歴史の厚みと美しさとを理屈抜きで感じさせてくれる目が覚めるような眺めでした。

さて、実はこの日はとても素晴らしい日なのです。なぜかと言うと、ドヴォルザークホールでチェコフィルを聴くことになっているのです。しかも、今乗りに乗っているヴァイオリニスト、ズナイダーによるモーツァルトのヴァイオリンコンチェルト5番にマーラーの5番というプログラムです。

チケットは次女の友人(日本人でプラハ在住)の友人のチェコフィル団員(チェコ人)の方が、特別に残席を手配してくださったのです。満席の中、オーケストラの後ろの席がとれたということでした。(この席、日本と違い1000円弱

ドボルザークホールのあるルドルフィヌム(芸術家の家)前

です。)

その友人とチェコフィル団員の友人と待ち合わせをして、コンサートが始まるぎりぎりまでイタリアンレストランでお茶と超美味しいケーキを食べながらおしゃべりして過ごしました。

その団員君はまあ話が尽きない方で、楽しかったです。チェコのビールは世界一だとか、チェコはお茶文化も発達しているので、戦争をしに来た兵隊はチェコで各国のお茶を飲む合間に戦争をしたとか、などなど。

ドヴォルザークホールの中

その夜のコンサートは本当に素晴らしかったです。オーケストラの後ろの席ですと、指揮者やソリストの表情もよく見え、音楽の作り方が良くわかります。音も厚みのある素晴らしい響きでした。そしてズナイダーのヴァイオリンの感動を忘れたくありません。全てに感謝感謝。

続く。

ドイツ~プラハへ①

1か月と少しぶりのブログです。

さて、いろいろ書きたいことはあるのですが、まずは、旅行のことを書いておきたいです。

5月の連休8日間でドイツのヴィースバーデン(次女が住み、働いている街で、フランクフルトがある州の州都)へ行き、そこを拠点にメインイヴェントとしてプラハ観光をしてきました。今回の旅は、「プラハ」で釣った息子に同行してもらい、次女と3人での旅でした。

日本の初夏の陽気から一転して、ドイツはまだ春先の感じで、しかも滞在中は特別寒く、予報でも毎日8,9度でしたので、まずは私は冬用コート、息子は冬用パーカーを現地で買いました。

1日目は、ドイツが初めての息子のために、フランクフルト観光です。フランクフルト中央駅手前のハウプトヴァッヘ駅で降り、周辺のお店探索から始まりました。私が見たかったのはキッチン用品の老舗「ローライ」。(高級食器は我慢!可愛いスプーンと可愛いまな板を購入。)息子は文房具を見たいということで、「ファーバーカステル」の店へ行き満足げ。そして有名なレーマー広場へ。

写真を撮りまくり、続いて雨模様の中、息子の要望でマイン川沿いの「前史先史博物館」へ。この博物館では、北欧のバイキングの生活や信仰に関する特別展がありました。壁一面に描かれた等身大の人々が生活している様子の絵や、当時の衣装のレプリカや家や村の作りをわかりやすく説明しているビデオが面白かったけれど、ほとんどのことは、私はわかりませーん。紀元前後の発掘品もたくさん展示されていましたが、私は古代の空気を感じつつ、息子の鑑賞が終えるのを待つのみ。

多いので3分の1くらいお持ち帰りにしてもらいました。

博物館を出ると雨も上がり、マイン川を橋の上からゆっくりと眺め、この日の観光は終わり。次回へ。

第1回ボイストレーニング無事終了

本日、混声コーラス「さかなの会」主催の「眼からうろこのボイストレーニング講習会」が無事に開催され終了できました。

講師をお願いした河口玲子先生の大変わかりやすい基本の徹底のお話に、全員、納得でした。基本の①はやはり横隔膜です。上半身をふわふわに柔らかくすると同時に全ての声において横隔膜を張ること。次に②としては、チェンジボイスの手前から柔らかい丸い声を意識し、力ずくの固い声にならないようにすること。そして③は、口元から気管へのホールを意識し、横に浅くしないこと。

今日のところはその3つが大きな基本だと教わりました。それらの基本が、実際に出来ている状態、出来ていない状態、それぞれ声で示して下さり、また先生の横隔膜を触らせていただいてその動きにびっくりでき、言葉だけの指示とは違う本当に目からうろこのとても有意義な時間が持てたと思います。

「屈託なく笑っている声、それがその方の原石の声ですよ。」とのお言葉も印象的です。「原石の声」は誰でも持っているわけです。磨いていきたいものです。

編曲

私は長年シニアコーラスに関わっていますが、その選曲にはいつも頭を悩ませます。シニア世代から初めてコーラスを経験された方々にとっての、ちょうど良い編曲のコーラス楽曲が少ないからです。音取りが大変なものや複雑に声部が入り組んでいるもの、高音(G以上)のもの、リズムが取りにくいものは、たとえ名曲でも避けなければなりません。シニア向けの比較的易しい同声2部はたくさんありますが、古い曲は名曲が多く、それぞれ気持ちは良いのですが、やはりそればかりですと少し物足りなさを感じます。新しい曲は、70,80代の方々は心情的に乗れなかったり、音楽的にも言葉とリズムが唱歌のような乗せかたとはちがうので、流れに乗り遅れたりしてしまいます。

ということで、昨年くらいから、伴奏を受け持っていただいているピアニストさんと相談しながら、自分たちで編曲してみようと思い立ちました。

只今、シニア混声コーラス「レッツ・スィング」のために、「平城山」「浜千鳥」が出来ています。「レッツ・スィング」さんをイメージしての編曲は、なかなか素敵に出来上がり、楽しんでいただけているように思います。今日は、私は午後フリーでしたので、「夜明けの歌」の編曲に取り組んでみました。専門外ですので大変難しく、少し作っては、お茶をして、の繰り返しの作業で、苦しみが半分、楽しみが半分です。

シニア世代がこれまで生きてきた人生への心情を率直に歌に乗せてリフレッシュしていただけたならと願いつつ。

 

発声のレッスンへ行く②

そういえば、先月末に2回目のレッスンを受けてきました。1月は暮れからの風邪の影響もあり、ずっと喉の調子はあまり良くないままでしたが、先月は、1回目のレッスンを参考に首や喉の「力み」を取ること、横隔膜を張ることを心掛けて過ごしたせいか、先月末の2回目のレッスンでは少し褒められました。

「癖を取るのに時間がかかるかと思いましたが(年齢的にも)、次の段階へ行きましょう。」と言っていただけました。「わー!デビューできます?私?」なんてすぐ調子に乗る私。

先生との発声練習で、「そこそこ、正しいです。」「違いますね、休みましょう。」の指摘が繰り返される中、自分ではよくわからないまま正しいと言われた出し方で上っていくと、なんとハイCまで出せました。これは生まれて初めてで、一人では絶対出せません。「わー!夜の女王のアリアも夢ではないの?」なんてまたまた調子に乗るなり。

続くコンコーネの曲でのレッスンでは、全て良く知っている曲なので、きれいに歌おうと張り切ると、すぐに「違いますね。止めましょう。」でした。3度音程跳躍すら、道を間違えていたのです。なるほどなるほど、安易に歌ってはいけませぬ。

口の中を縦に丸くして丸い声を出す、横隔膜を下げる意識を持つ、上半身を固めずに欠伸するような上半身のまま音程をとる、「え」の母音は「お」に近づけると出しやすい、…そんな感じです。また報告致します。

公民館祭りに芸能祭

今月はコーラス各団が、それぞれ活動会場での発表会でした。公民館祭りや芸能祭という催しで、他の活動団体と一緒の発表です。フラダンス、社交ダンス、オカリナ、ハーモニカ、太極拳、南京玉すだれ、といった他の出し物の中にコーラスも混じります。

今日は「レッツ・スイング」さんの鈴谷公民館での発表でした。「アヴェ・ヴェルム・コルプス」で始まり、そのあと、「君歌えよ」(大熊崇子作曲)「平城山」「怪獣のバラード」と用意しました。

本番ですが、ここの公民館は出番前はホール内の舞台脇の客席で前の団体の発表を見ながら待機しているのですが、本日の我々の前の団体は日本舞踊でした。邦楽に合わせての日本舞踊をたっぷり聴いて見た後に「アヴェ・ヴェルム・コルプス」って、公民館祭りならではです。しかし今日は団員のパワーのおかげでまあまあの出来栄えだったかな。お客様にもきちんと聴いていただけたようでした。

私は毎年、団員と共に少しでも良いステージを提供したいと思いつつ、一生懸命用意するのですが、こういったステージではアマチュアの団体ですから、いろいろなレヴェルの団体がごちゃ混ぜです。レヴェルというのは、発表をどう考えているかという意識レヴェルの意味です。観客へ向けて少しでも神髄を伝えられるように一生懸命用意するのか、出演者が皆で楽しく発表できれば良いのか、みたいな意識レヴェルのことです。正直、観客がおしゃべりしようが、途中で出入りしようが、失礼でもなんでも無いというレヴェルの団体もあるのです。

今日、背筋がピンとしたことがありました。それは私たちの次が「館長と仲間たち」という男声合唱団で、その指揮が合唱連盟理事でいらっしゃる大先生でした。結成されたばかりだそうですが、良いコーラスを作ろうという真剣な意識が伝わります。やはり客席は誰もおしゃべりはしません。曲目は親しみやすい愛唱歌でしたが、その姿勢は「音楽」に真摯に向き合っている事が伝わりました。

やはり、こんな時間は観客としても良い時間です。出来栄えはプロのようにはいかなくても、少しでも良いものを目指し提供しようという真摯な姿勢は、いかなる場面でも崩してはいけないと教えていただけたようにも思いました。

 

「蜜蜂と遠雷」読みました

今年の直木賞に選ばれた、恩田陸の「蜜蜂と遠雷」を読みました。日本で3年ごとに開催される国際ピアノコンクールが舞台ということで、4人の出場者と、高名なピアニストでもある女性審査員を中心に、それぞれの生き方や人生の背景、音楽への考え方や感じ方、コンクール期間における音楽的感性の変化などが描かれています。

まず、面白かったのは、音楽を言葉に置き換えて見事に表現しているところでした。1次予選、2次予選、3次予選、本選とありますから、4名それぞれが弾く膨大な曲をどう表現するのだろうと思うのですが、その言葉の魔術に飽きることなく酔わされてしまい、さすが小説家だと感嘆させられました。

題名からしても、おそらく作者の一番描きたかった人物は、養蜂家の息子である少年ピアニストなのでしょう。彼は、放浪のような生活の中、ピアノも持っていないのにも関わらず、幻の天才大御所ピアニストから直接教えを受け、その推薦状を持っているという天才です。彼は小説の中で「ギフト」として存在します。コンクールを通して、彼を取り巻く他の天才ピアニストたちも、彼の音楽に大きく触発され、音楽的感性や考えが次第に深化されていきます。

作者は音楽の本質を、「時空を超え自由に対話することのできる、人間だけが持つことのできる霊的なもの」として捉えているので、純真無垢な自然児である天才少年、風間塵の演奏は音楽の本質そのものであり、「ギフト」となるのです。

しかし、この設定については、音楽に携わる凡人の私としましては、面白いけれど、メルヘンでもあるなと思います。どんな天才であっても、たとえ自身が作曲者であっても、自然児のまま、つまりピアノを練習せず勉強もせずでは、バルトークやラフマニノフやらのコンチェルトを弾けるようにはならないでしょう。また、コンクールという場で出場者が他人の演奏に純粋に感動し、その場でストレートに自己を真摯に捉えて変容させていくというのもメルヘンではないかと思うのです。加えて、この小説には商業活動という側面からの音楽の要素は皆無なわけで、それも現実的では無いように思います。

とはいえ、設定がメルヘンであっても、霊的な自由と自己の確立があっての表現は芸術の本質と言えますし、演奏者の描写は音楽の深淵を見るようで惹きつけられ、読む側としても読後に大きな「ギフト」をいただけたように思えました。